すべての災からわたしをあがなわれたみ使よ、 この子供たちを祝福してください。 またわが名と先祖アブラハムとイサクの名とが、 彼らによって唱えられますように、 また彼らが地の上にふえひろがりますように」。
主はそのしもべらの命をあがなわれる。 主に寄り頼む者はひとりだに 罪に定められることはない。
ヨセフは実を結ぶ若木、 泉のほとりの実を結ぶ若木。 その枝は、かきねを越えるであろう。
エジプトにいるあなたの所にわたしが来る前に、エジプトの国で生れたあなたのふたりの子はいまわたしの子とします。すなわちエフライムとマナセとはルベンとシメオンと同じようにわたしの子とします。
主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、天にある御国に救い入れて下さるであろう。栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。
ヨシュアはまたヨセフの家、すなわちエフライムとマナセに言った、「あなたは数の多い民で、大きな力をもっています。それでただ一つのくじでは足りません。
信仰によって、ヤコブは死のまぎわに、ヨセフの子らをひとりびとり祝福し、そしてそのつえのかしらによりかかって礼拝した。
残っている人々も、 わたしの名を唱えているすべての異邦人も、 主を尋ね求めるようになるためである。
わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。
彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて、 そのみ前の使をもって彼らを救い、 その愛とあわれみとによって彼らをあがない、 いにしえの日、つねに彼らをもたげ、 彼らを携えられた。
主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、 またあなたの命を守られる。
このキリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない。
また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。
これは彼らがエドムの残った者、 およびわが名をもって呼ばれるすべての国民を 所有するためである」と この事をなされる主は言われる。
みな同じ霊の飲み物を飲んだ。すなわち、彼らについてきた霊の岩から飲んだのであるが、この岩はキリストにほかならない。
それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。
わたしたちを試みに会わせないで、 悪しき者からお救いください。
「見よ、わたしはわが使者をつかわす。彼はわたしの前に道を備える。またあなたがたが求める所の主は、たちまちその宮に来る。見よ、あなたがたの喜ぶ契約の使者が来ると、万軍の主が言われる。
なぜ、あなたは、うろたえている人のようにし、 また人を救いえない勇士のように なさらねばならないのですか。 主よ、あなたはわれわれのうちにいらせられます。 われわれは、み名によって呼ばれている者です。 われわれを見捨てないでください」。
われわれをあがなう者は その名を万軍の主といい、 イスラエルの聖者である。
主の使は主を恐れる者のまわりに 陣をしいて彼らを助けられる。
わが魂は主によって誇る。 苦しむ者はこれを聞いて喜ぶであろう。
わたしの名をもってとなえられるわたしの民が、もしへりくだり、祈って、わたしの顔を求め、その悪い道を離れるならば、わたしは天から聞いて、その罪をゆるし、その地をいやす。
彼の牛のういごは威厳があり、 その角は野牛の角のよう、 これをもって国々の民をことごとく突き倒し、 地のはてにまで及ぶ。 このような者はエフライムに幾万とあり、 またこのような者はマナセに幾千とある」。
そうすれば地のすべての民は皆あなたが主の名をもって唱えられるのを見てあなたを恐れるであろう。
その数えられた者は合わせて六十万三千五百五十人であった。
けれどもイスラエルの子孫は多くの子を生み、ますますふえ、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった。
その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。
主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
主の使は再び天からアブラハムを呼んで、
神は言われた、「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下るのを恐れてはならない。わたしはあそこであなたを大いなる国民にする。
ダビデはベロテびとリンモンの子レカブとその兄弟バアナに答えた、「わたしの命を、もろもろの苦難から救われた主は生きておられる。
わたしはあなたを悪人の手から救い、 無慈悲な人の手からあがなう」。
すると王は誓って言った、「わたしの命をすべての苦難から救われた主は生きておられる。
主の恵みふかきことを味わい知れ、 主に寄り頼む人はさいわいである。